偉人の父親~織田信長の父親編~

こんにちは!!
s-Live 東京つつじヶ丘校です。

織田信長といえば、日本史でも屈指の有名な偉人です。

彼は天下統一まであと一歩というところで本能寺の変で倒れてしまったという悲劇的な点や、
楽市楽座兵農分離など、ほかの大名が行っていた先進的な政策を
大規模・本格的に行ったという先進的な点が、彼の人気につながっていると思います。

そんな彼が爆発的な勢いで勢力を拡大できたのも、実は父親が関係しています。

織田信長の父親である織田信秀という人物は、
本来であれば国政を司る地位ではなかったのですが、
下剋上を成し遂げ、尾張の大名として頭角を現します。

終わりというと、現在の愛知県の西部にあたります。

当時は北も東も敵対勢力に囲まれているのに加えて、尾張全体を支配できていたわけではなかったので、
非常に難しい局面にいました。

尾張という国は、当時でいえば非常に豊かな国であったことは間違いありませんが、
東の今川氏や、北の斉藤氏は国をまとめて支配できていたため、単純な国の力でいえば、
織田信秀は弱小でした。

そんな中で彼が行った政策は、経済の振興でした。

当時、熱海という商圏を抑えていたという点を活用し、
当時の大名では最大の金額を朝廷へ献上したようです。

当時はコメを中心に考えていた大名が多いと思われがちですが、
コメのほかにも地域の産物を利用していた大名も多くいましたし、
その産物を販売することで、貨幣・金を活用している大名も数多くいました。

その中で、織田信秀は、商売というモノを活用したという点では、
ほかの大名と大きな差をつけるものであったと思います。

その経済的な観点というのは、間違いなく織田信長の政策にも引き継がれています。

具体的には、楽市楽座や茶器の取り扱い、さらには傭兵の活用といった点においてです。

その路線をさらに発展させたのが豊臣秀吉でした。

力というと、世間では画一的な物差しとして見られがちです。

現代でいえば、お金でしょうか。

しかし、現在ではクラウドファンディングYouTubeなど、
信頼や面白さを持っていると、今までに比べると、
はるかに少額な投資(個人レベルで可能な投資)によって
お金を調達することができる時代になってきています。

織田家が今までは見向きもされなかった、商売という力を活用していったのと同様に、
これからの時代に適応した「力」が、次世代の子供たちに必要になってくることは
間違いありません。

これからは遺産よりも教えのほうがはるかに重要な時代になるのかもしれませんね。

つつじヶ丘エリアNo.1の自立支援型個別学習塾はコチラ!!
https://kobetsu-tsutsuji.com/