ゲームと勉強の関係

こんにちは!!
s-Live 東京つつじヶ丘校です。

ゲームと勉強の関係というと、子供の勉強に関して昔からよく議論されてきた内容です。

昔はテレビと勉強、今でいえばYouTubeと勉強といった形に変わってきてはいるものの、
本質的には娯楽と勉強の関係という話ですね。

一般的には、ゲームをするほど勉強に悪影響が出そうなものですが、
実際にはどうなのでしょうか。

実は、ゲームをするから勉強ができないというよりは、
ゲームのための時間をとるために、勉強の時間が削られ、勉強ができないという方が、
内容としては適切ということになります。

つまり、勉強時間を確保できていれば、ゲームやスマホなどの娯楽の時間はあっても問題ないということです。

1日1時間という制限を与えられている子供は、全くゲームをしない子供に比べて、
1,8~2,7分程度しか、勉強時間も伸びなかったようです。

1日に2時間を超えるゲームになると、学習時間へのマイナスの影響が出始めたという研究もありますが、
小・中学生くらいの子供が2時間以上もゲームをしていたら、勉強をする時間がなくなって当たり前という話ですよね。

また、この手の「子供の娯楽」についての議論が白熱化する要因として、技術の進歩があります。

たとえば、日本でカラーテレビが普及し始めたのが1960年代、
ファミコンの発売が1980年代、ソフトバンクによるi-phoneの日本販売開始が2008年であることを考えると、
多くの親世代から見ると、新しい時代の子供の娯楽というものは、
自分たちが子供だったときにはなかったものだということが大きく関係しています。

親の世代からすると、子供たちがなぜそれを楽しんでいるのかということがよくわからないといった状況に加えて、
相関関係と因果関係を混在させた統計のデータが親の世代が好んで見る媒体のメディアで報道されます。

昔でいえば新聞、今でいえばテレビのニュースやワイドショーなどでしょうか。

その結果として、因果関係なのか相関関係なのかを混ぜられた状況で、混乱させられた親御さんは
子供たちかの娯楽を禁止するのです。

禁止することが間違っているなどというつもりはありませんが、
本質的には「勉強を頑張ってほしい」という親御さんたちの想い・優しさが大切なはずなのに、
それが子供たちに伝わらないというのはあまりにも悲しいと思いませんか??

本当は、親御さんたち自身の想いを、子供たちにストレートにぶつけてみるということの方が
大切なのかもしれませんね。


つつじヶ丘エリアNo.1の自立支援型個別学習塾はコチラ!!
https://kobetsu-tsutsuji.com/

ゲームと勉強の関係

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ゲームと勉強の関係というと、子供の勉強に関して昔からよく議論されてきた内容です。

昔はテレビと勉強、今でいえばYouTubeと勉強といった形に変わってきてはいるものの、
本質的には娯楽と勉強の関係という話ですね。

一般的には、ゲームをするほど勉強に悪影響が出そうなものですが、
実際にはどうなのでしょうか。

実は、ゲームをするから勉強ができないというよりは、
ゲームのための時間をとるために、勉強の時間が削られ、勉強ができないという方が、
内容としては適切ということになります。

つまり、勉強時間を確保できていれば、ゲームやスマホなどの娯楽の時間はあっても問題ないということです。

1日1時間という制限を与えられている子供は、全くゲームをしない子供に比べて、
1,8~2,7分程度しか、勉強時間も伸びなかったようです。

1日に2時間を超えるゲームになると、学習時間へのマイナスの影響が出始めたという研究もありますが、
小・中学生くらいの子供が2時間以上もゲームをしていたら、勉強をする時間がなくなって当たり前という話ですよね。

また、この手の「子供の娯楽」についての議論が白熱化する要因として、技術の進歩があります。

たとえば、日本でカラーテレビが普及し始めたのが1960年代、
ファミコンの発売が1980年代、ソフトバンクによるi-phoneの日本販売開始が2008年であることを考えると、
多くの親世代から見ると、新しい時代の子供の娯楽というものは、
自分たちが子供だったときにはなかったものだということが大きく関係しています。

親の世代からすると、子供たちがなぜそれを楽しんでいるのかということがよくわからないといった状況に加えて、
相関関係と因果関係を混在させた統計のデータが親の世代が好んで見る媒体のメディアで報道されます。

昔でいえば新聞、今でいえばテレビのニュースやワイドショーなどでしょうか。

その結果として、因果関係なのか相関関係なのかを混ぜられた状況で、混乱させられた親御さんは
子供たちかの娯楽を禁止するのです。

禁止することが間違っているなどというつもりはありませんが、
本質的には「勉強を頑張ってほしい」という親御さんたちの想い・優しさが大切なはずなのに、
それが子供たちに伝わらないというのはあまりにも悲しいと思いませんか??

本当は、親御さんたち自身の想いを、子供たちにストレートにぶつけてみるということの方が
大切なのかもしれませんね。


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子供が勉強しない「根本」理由とは

こんにちは!!

s-Live 東京つつじヶ丘校です。

 

保護者様の中で多くの方が、お子さんが勉強しないという悩みを持っていると思います。

 

「勉強しなさい!!」と言っても勉強をしないということを分かってはいても、
ほかの方法を知らないから「勉強しなさい!!」と、つい言ってしまうというというケースが多いと思います。

 

結論から言います。
 ①ご褒美をあげる
 ②行動に対してご褒美をあげる
この2つが最も有効な勉強させる方法です。

 

倫理的にどうなのか!?
と思う方もいらっしゃると思いますし、それぞれのご家庭の方針もあると思いますので、実際にやるかどうかはご判断をお任せしたいとおもいます。

 

ただ、ご褒美というのは子供が受け取ってうれしいものです。

ですので、「ほめてあげる」も立派なご褒美ですし、
「保護者のリアクション」というのも立派なご褒美です。

 

では、なぜこの方法が有効なのかを説明させていただきます。

子供たちが勉強せず、逆に大人たちが子供たちに勉強してほしいという感情を持つ傾向にある根本的な理由は何だと思いますか??

 

ズバリ言うと、自分が勉強をしなかったことで困った経験を体験しているかどうかなんです。

 

子供たちが「勉強を嫌い」という一言で片づけるのは不適切なんです。

 

親御さんの方々も、ご自身が子供だったとき、勉強をしなかった方はその理由はなんでしたか??

 

一番多いのは、「なんとなく」や「めんどくさかった」という所が大半なのではないでしょうか。

 

逆に、子供の時に持っていた夢に「必要だ!!」「楽しい!!」と思った勉強や習い事は、結構頑張れたのではないでしょうか。

もしくは、自分の上達が実感できるものも結構頑張れたかもしれません。

人間の脳は、遠い未来を想像して体験していないことを体験しているかのようにすることが、非常に苦手です。

 

だからこそ、「大人になったとき」や「自分にやりたいことができたとき」という状況で役に立つと言われても想像できないんですね。

 

逆にゲームや遊びは、誰に言われなくても、子供たちは日々頑張ってくれます。笑

それは、そのコンテンツが面白いからではなく、「面白い」「楽しい」といったメリットをすぐに受け取れるからこそ、そちらの娯楽へ行ってしまうだけなんです。

 

逆に言えば、「ご褒美」が1週間後や2週間後といった、比較的短いスパンを期限としてあげると、子供たちは勉強についてのモチベーションを維持しやすいということですね。


ただし、この「ご褒美」を設定するときに重要なことがあります。

 

それは、「数値上の結果」に対してご褒美を設定しないということです。

 

「数値上の結果」に対してのご褒美の設定だと、
子供たちは努力というものを軽視する傾向に陥りやすいということがあります。

 

なぜかといえば、
 結果を出しやすい状況 → 自分の頑張りが少なくても褒められる
 結果を出しずらい状況 → 自分の頑張りが多くても褒められない
という状態になてしまうことが多く、子供の間だけであっても、
適切な状況が続いてくれるなんてことはほぼないからです。

 

親御さんの意図としては、しっかりと「頑張る」ことを身に着けてほしいというのが
大半だと思いますので、これでは意図とずれていってしまうことが多いのです。

 

では、どうすればいいのか??

 

答えは単純で、具体的な努力に対しての「ご褒美」を設定するのです。

 

 例えば、

  問題集を〇ページ/日を1週間継続し、

  それを毎日親御さんに報告できたらご褒美

 

  英単語や漢字を〇個/日覚え、1週間継続出来たらご褒美

 

  などです。

 

このときに大切なのは、「具体的な努力」に対して設定してあげる

「結果と過程はどちらが大切なのか」という議論はよくある議論ですが、
この2つを分けて考えるというのは、そもそもおかしい話で、
「過程と結果は切り取るタイミングが異なるだけで、本質的には同じもの」ということが真理だと思います。

 

人生の中で二者択一という場面はありますが、結果と過程をどちらか選ばなくてはいけない場面なんて存在するでしょうか??

 

もしあるとすれば、それは「結果と過程」という言葉を使っているだけで、
どちらかといえば「方針」について悩んでいるだけではないでしょうか??

 

そして具体的な努力に対してご褒美を設定するのと、数値上の結果に対してご褒美を設定するので、もっとも異なる点が、何をすればいいのかということが明確になっているか否かというところです。

 

お仕事で「会社全体の売り上げを上げてください!!」と言われたとき、会社全体にマネジメントを徹底させられる人は、かなり数が少ないと思います。

 

ただ、「この商品の売り上げを強化していきたいから、〇〇を頑張っていってね。」と
言われたら、そのための結果を残せる人がかなり増えると思います。

 

実際の行動というものを具体化してもらえるだけで、かなりやりやすくなるという話ですね。

 

次回は、子供におけるゲームと学力の因果関係についてお話していこうと思います。

 

 

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教育に関するデータの判断

こんにちは!!
s-Live 東京つつじヶ丘校です。

世間では、こんなことをすると子供の学力向上に役立つ!!などの情報が
たくさんあふれています。

確かに、統計的に2つの出来事で、つながりがあることも多いですが、
つながりがあるからと言って、必ずしもそれをやれば学力的な向上がみられるかは別問題です。

よく言われるのが、
「読書を多くする子は、学力が高い」というデータですね。

確かにこの2つのデータは互いに関連していますが、
これはあくまで「相関関係」にあるというだけです。

相関関係とは、先に述べたつながっているということだけを表します。

もっと言えば、相関関係だけでは意味がなく、
「因果関係」担っているかということのほうが、はるかに重要なのです。

ダイエットの例でいえば、
 ・男性のダイエットでは、有酸素運動よりも無酸素運動のほうがいい!!
 ・女性のダイエットでは、筋トレすると太くなるから、食事制限だけにする!!
 ・筋トレで大きな筋肉を鍛えておけば、肥満にはならない!!
 ・ヤセ菌を増やしさえすれば、太りずらい体を作れる!!

 などです。

ダイエットでいえば、やはり 摂取エネルギー<消費エネルギー でやせていくというのが、本当の因果関係なので、そのための方法などはどれを取るかというのはあまり関係ありません。

もちろん、世の中の細い方の中には、これらの情報を用いて、上手にやせた方や、
体型を維持している方もたくさんいます。

タレントの〇〇さんが、この方法でやせました!!的な広告なども、これに含まれます。

ですが、勘違いしてはいけないのが、その方法だけ真似たところで意味はないということです。

根本的な仕組みが分かっていないと、
 ヤセ菌をふやすためにヨーグルトを食べすぎて、エネルギーを過剰摂取してしまう。
 デンプンの摂取量を減らさずにたんぱく質を摂取したことで、体重が増加してしまう。
 体重は減ったけど、体脂肪率は上がってしまう。

などといった失敗につながってしまいます。

根本的な原理を理解しないまま、方法だけ真似しても、なかなか難しいということですね。

次回からは、相関関係にあるだけでなく、しっかりと因果関係にあると証明されたことを順番に紹介していきますので、楽しみにしていてください!!


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MVPと裏切り者の違い(2)

こんにちは!!
s-Live 東京つつじヶ丘校です。

前回は、小早川秀秋前田利家も、同じ裏切り者であったという状況にも関わらず、
まったくもって評価が異なるという点を説明させていただきました。

今回は、そのような差が生じた理由を分析していきます。

まず、前田利家小早川秀秋の裏切った戦いというのは、勝利者にとってのタイミングが
異なるものであったという点です。

前田利家の裏切った賤ケ岳の戦いは、織田家の後継を決める戦いでりました。
逆に言えば、織田家以外の敵対勢力はまだ残っている段階でした。

それに対して、小早川秀秋の裏切った関ケ原の戦いは、天下のかじ取りを決める戦いでした。
つまり、総仕上げの戦いだったわけです。

やはり裏切るという行為は、基本的にはよくないことなわけです。
現代の常識でいえば、裏切るという行為は美徳ではありませんし、
当時の現実的な思考でいっても、やはり裏切り者は自分の勢力というものを
一瞬でなくしてしまうという危険性をはらんでいるわけですから、やはりマイナスなイメージなわけです。

似たような話で、1200年代のモンゴル帝国も早くに投降してくた勢力は優遇しましたが、
最後の最後で投稿してきた勢力は徹底的に破壊の限りを尽くしたそうです。

相手の勝利を確信してから裏切った人間というのは信頼されませんが、
相手の勝利が確定する前に裏切った人間は、むしろ功労者というわけです。

そして次に、その裏切りを起こした後です。

前田利家は賤ケ岳の合戦の後に、豊臣政権の中核として長年一線で活躍していました。
それに対して小早川秀秋は、江戸幕府の中核に入れなかっただけでなく、
関ケ原の戦いの後にすぐ亡くなってしまいます。

裏切りの後のポストというものが約束されている状況での裏切りと、
自分が勝つ側に残りたいというだけの裏切りでは、全く異なるということです。

これからの時代、一つの組織にずっと所属し続けるということは少ない時代になっていきます。

その中で、やっている行為は同じでも、それが「裏切り」と呼ばれるのか、
それが「妙手」と呼ばれるのか、これは自分がどのようなタイミングで、どのような立場で
自らの組織を抜けるのか。

これにかかわっているのかもしれません。


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MVPと裏切り者の違い(1)

こんにちは!!
s-Live 東京つつじヶ丘校です。

前回まで続いていた偉人の父親シリーズはいったんお休みして、
今回は、歴史上の人物でやったことは似たようなものなのに、
評価が真逆になっている人物について、ご紹介したいと思います。

ズバリ、その人物とは、小早川秀秋前田利家です。

ご存じの方も多いので、軽くの説明ですませます。

まず、小早川秀秋とは、大河ドラマではかなりの確率で軟弱な若者として描かれることの
おおい人物です。

彼は、関ケ原の戦いのときに、豊臣秀吉の養子という立場から西軍に属していましたが、
東軍の総大将である徳川家康と合戦中に裏切るという密約を交わしていました。

新しい研究では、小早川秀秋が最初から東軍に属していたという説も出てきていますが、
本筋には影響がないので、省略します。

そして、いざ関ケ原の合戦が始まっても、小早川秀秋は動きません。

しびれを切らした徳川家康が、小早川秀秋の軍勢に向かって鉄砲を撃ったところ、
徳川家康が激怒していると思った小早川秀秋は、慌てて西軍へ攻め込み、
西軍は壊滅したという逸話があります。

もちろん、細かいエピソードは逸話なので、史実と異なる部分や脚色もあると思いますが、
豊臣秀吉の養子であった小早川秀秋が、敵である徳川方へと裏切ったという事実は動きません。


一方、前田利家とは最初は織田家に仕えていたエリートでした。

というのも、織田信長が若かったときに、いつも一緒にいるメンバーとして
よく城下を回っていたようです。

一時的に、クビになった時期もありましたが、桶狭間の戦いの際に活躍した時から
復帰し、その後はエリートの登竜門である母衣衆というメンバーに抜擢されます。

織田信長の親衛隊+戦場での情報伝達を任される立場です。

その後も、柴田勝家という織田家重臣であった柴田勝家のサポートとして、
対上杉家の戦いに従事していました。

そして本能寺の変の後、織田信長の後継の座を巡って、
柴田勝家豊臣秀吉と対立するようになりました。

それで柴田勝家側として参加した賤ケ岳の戦いにおいて、土壇場で戦場を離脱し、
それが原因で柴田川は敗北してしまします。

豊臣秀吉と親交があったという点もありますが、当時の情勢で、
仲の良さだけで自分の身の振り方を変えるというのは考えずらいですし、
最初から豊臣側で参戦していれば、その論理も通じるかもしれませんが、そうはしていません。

このように、小早川秀秋前田利家はやっていることに大差はないですが、
小早川は「裏切り者の代名詞」として語られ、前田は「利家と松」なども描かれたように、一定の人気者となっていました。

今回は長くなってしまったので、次回でその評価の差を解説していこうと思います。

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偉人の父親~織田信長の父親編~

こんにちは!!
s-Live 東京つつじヶ丘校です。

織田信長といえば、日本史でも屈指の有名な偉人です。

彼は天下統一まであと一歩というところで本能寺の変で倒れてしまったという悲劇的な点や、
楽市楽座兵農分離など、ほかの大名が行っていた先進的な政策を
大規模・本格的に行ったという先進的な点が、彼の人気につながっていると思います。

そんな彼が爆発的な勢いで勢力を拡大できたのも、実は父親が関係しています。

織田信長の父親である織田信秀という人物は、
本来であれば国政を司る地位ではなかったのですが、
下剋上を成し遂げ、尾張の大名として頭角を現します。

終わりというと、現在の愛知県の西部にあたります。

当時は北も東も敵対勢力に囲まれているのに加えて、尾張全体を支配できていたわけではなかったので、
非常に難しい局面にいました。

尾張という国は、当時でいえば非常に豊かな国であったことは間違いありませんが、
東の今川氏や、北の斉藤氏は国をまとめて支配できていたため、単純な国の力でいえば、
織田信秀は弱小でした。

そんな中で彼が行った政策は、経済の振興でした。

当時、熱海という商圏を抑えていたという点を活用し、
当時の大名では最大の金額を朝廷へ献上したようです。

当時はコメを中心に考えていた大名が多いと思われがちですが、
コメのほかにも地域の産物を利用していた大名も多くいましたし、
その産物を販売することで、貨幣・金を活用している大名も数多くいました。

その中で、織田信秀は、商売というモノを活用したという点では、
ほかの大名と大きな差をつけるものであったと思います。

その経済的な観点というのは、間違いなく織田信長の政策にも引き継がれています。

具体的には、楽市楽座や茶器の取り扱い、さらには傭兵の活用といった点においてです。

その路線をさらに発展させたのが豊臣秀吉でした。

力というと、世間では画一的な物差しとして見られがちです。

現代でいえば、お金でしょうか。

しかし、現在ではクラウドファンディングYouTubeなど、
信頼や面白さを持っていると、今までに比べると、
はるかに少額な投資(個人レベルで可能な投資)によって
お金を調達することができる時代になってきています。

織田家が今までは見向きもされなかった、商売という力を活用していったのと同様に、
これからの時代に適応した「力」が、次世代の子供たちに必要になってくることは
間違いありません。

これからは遺産よりも教えのほうがはるかに重要な時代になるのかもしれませんね。

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